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    Posted by K.Mickey on

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    ウォルト・ディズニーへの言葉 (ディズニーの歴史と思い出)

    Posted by K.Mickey on   2 comments   0 trackback

    以前の記事で、Walter Elias Disneyの残した言葉を記事にしました。(^O^)

    ウォルト自身の名言はあまりにも有名で、世界中の人に幸せを与え続けているカリスマとして、数々の著作物にも紹介されています。
    そして彼の言葉は何度か申し上げている通り、僕の座右の銘でもあります。


    しかし、ウォルト一人で全てを成し遂げられたことなどはありえませんね。
    彼に共感した多くの人々に支えられ、夢を実現してゆくことになるわけです。ヽ〔゚Д゚〕丿スゴイ


    そこで今回は、「ウォルトの思い出」から、彼に贈る言葉を引用して紹介したいと思います。

    Pinocchio music box 1

    先ずは・・・彼の人生の簡単なおさらいです。


    「すべては夢見ることから始まる。」~ 「伝説の経営者たち」他から引用 (´▽`)

    ウォルト・ディズニーはシカゴで産まれ、4歳まで何不自由なく暮らしていたが、祖父が事業に失敗したためミズーリ州の静かな田舎町、マーセリーンに引っ越し、そこで6年間暮らし、動物に夢中になった。
    家の近所には、当たり前のように馬やリス、スカンク、牛がいて、ウォルトはスケッチに夢中になる。

    そのうち、庭で馬を飼っている近所の医者がウォルトに 「5セントあげるから馬のスケッチを描いてくれないか。」 と頼むほどになる。
    ウォルトは後に 「今までの人生で重要なマーセリーンで起こったことだ。」と述べている。
    ちなみに、ディズニーランドの街並みは、マーセリーンの街並みをモチーフにしている。
     
    第1次世界大戦で欧州戦線から戻ったウォルト・ディズニーは、1922年にアニメーション宣伝会社を設立。
    だが、アニメーションフィルムは一作ごとに莫大な費用がかかるため、一つの興業で失敗すると制作会社は致命的な打撃をこうむるという博打のようなビジネスだ。

    カンザス州で会社を作るも、成功にはおぼつかない。
    やがてウォルトはハリウッドに出てくる。

    ストーリーテラーズ像

    カンザス州で働いていたときの友人、アニメーターのアブ・アイワークスに
    『 アニメの仕事は面白いぞ、田舎で平凡な生活に埋もれていないで、ハリウッドに出てこい! 』
    と、当時、地元の広告代理店で地道に働いていたアブ・アイワークスをハリウッドに引っ張り出し、一緒に働きはじめた。

    ところが、当時20歳前後だったウォルトに信じられない事態が起こる。

    ウサギをモチーフにした“オズワルド”で、アニメの制作ビジネスが順調に走り出した矢先、オズワルドの人気に目をつけた取引先の広告配給会社の社長、チャールズ・ミンツが“オズワルド”の権利を奪い取ったのだ。

    そればかりか、ウォルトの会社のアニメ・クリエーター6人を高給で引き抜いたのだ。
    会社は倒産の危機に陥った。

    ところがカンザスを捨ててハリウッドに出てきたアブ・アイワークスは 「何があってもウォルトといつも友達でいる。」 と、引き抜き話を断る。
    二人は常にお互いを高めあえる仲だった。

    貧困の真っただ中にあったウォルト・ディズニーは、会社で寝泊まりしていた。
    ある日、殺風景なオフィスのゴミ箱の中に、数匹の赤ちゃんネズミが住み着いた。
    その中の一匹と仲良くなったウォルトは、ネズミを主役にしたアニメを思いつく。

    それまでネズミは脇役に過ぎなかったが、ネズミを主役にしたのは初めてで、そこから大躍進が始まる。

    ウォルトがネズミをモチーフにすると口にすると、アブ・アイワークスがすぐにデッサンをはじめ、1日に700枚のデッサンを書き、通常であれば1か月かかるデッサンを1週間で書き上げて「ミッキーマウス」をこの世に送り出した。

    Ron Lee Steamboat Mickey with Walt autograph

    そう、二人の天才クリエーターによって、「ミッキーマウス」は生まれたのである。

    仕事が飛躍的に拡大する中、家庭でも2人の娘に恵まれる。
    長女、ダイアン・ディズニー・ミラーが6歳になるまで、父親の商売が何かを知らなかった。

    あるとき、クラスメイトの女の子からパパのサインが欲しいとせがまれて、家に帰るとパパのサインをお願いした。
    その時、父が世間で特別なことをしていることに気付いたのだ。

    Plane Crazy Mickey With Walt autograph

    ウォルト・ディズニーは、あるとき、6歳の娘をつれてロサンゼルスの遊園地へ行った。
    子供が遊んでいる間、いつもベンチで考え事をしていたウォルトは、他の父兄もベンチでつまらなそうにしていることに気づく。

    『大人から子供まで全ての人が日常を忘れて楽しめる遊園地を作りたい。』

    ディズニーランドの始まりだった。

    WDCC Dancing Partner

    事務所に出勤すると、イラストレーターに指示を出し、徹夜でディズニーランドのイラストを作らせた。
    現在、カリフォルニア、フロリダ、東京、香港、パリと5カ所に展開するディズニーランドは、ここから始まったのだ。

    ディズニーランドの構想を思いつくキッカケとなったベンチは今でもファミリーミュージアムに大切に保存されている。

    WDCC Dumbo Ride 1

    そしてウォルトの構想を現実のものとする為、尽力したのがアブ・アイワークス率いるイマジニアリングだった。

    アイワークス達は次々にウォルトの頭の中にあるアイデアを具現化していった。

    WDCC Dumbo Ride 2

    そしてついに1955年7月17日、世界初の巨大テーマパーク:ディズニーランドが開園

    Cindellera Figure

    その11年後、2つ目のパークの計画を進めていたその最中、ウォルトは急性循環不全のため65歳でこの世を去った。


    ・・・このウォルトの人生物語(ダイジェスト)はとても有名です。
    生涯を情熱的に駆け抜けた分、彼のエピソードに関わる人々の言葉もまた深い。


    ウォルトが亡くなった日、一時は袂を分かちながらも、再び互を認め合い、共に会社を大きくしてきたアイワークスは

    「友人を失っただけでなく私の才能の最高の理解者を失った。」

    と語り、彼の死を惜しんだと言います。
    苦楽を共にしたアイワークスの言葉・・・、やはり重く切ないですね。


    続きます・・・

    エリック・ラーソン(アニメーター/ナイン・オールド・メン) ~
    「皆それぞれエゴを持っていたけれど、ウォルトはそれらをまとめて一つのチームをつくりあげたんだ。」

    ピーター・エレンショウ(アーティスト・デザイナー) ~
    「彼はごく普通の男だったけど、相手を自分が大した奴だって気にさせる、ものすごい才能を持っていた。 実際には彼こそが大した奴だったんだけどね。彼は相手をその気にさせる原動力だったんだ。」

    リチャード・シャーマン(作曲家) ~
    「彼はただ、楽しいことがしたかったんだ。日常の試練や辛いことを束の間忘れさせて、人々が楽しく幸せな気分にさせることが。そして、それこそが彼が成し遂げたことだった。それこそが、彼の人生の目標だったんだ。」

    ジョン・ヘンチ(アーティスト・イマジニア) ~
    「ウォルトには物事を視覚化するとてつもない才能があった。座って話をしながら、まだ創られてもいないキャラクターたちと会話を楽しむウォルトを見かけたものだった。」

    マーク・デイヴィス(アニメーター/イマジニア/ナイン・オールド・メン) ~
    「彼は他の誰とも違う何かを求めていたから、一緒に働いていてワクワクする男だった。彼は、当時のアニメ業界の常識では考えられないような、新しい何かを探していたんだ。」

    オリー・ジョンストン(アニメーター/ナイン・オールド・メン) ~
    「ディズニースタジオをディズニースタジオにたらしめているのは、今も昔もチームワークなんだ。」

    キャサリン・ポーモント(声優) ~
    「彼は本当の魔法使いだったわ。」

    フライド・ノーマン(アニメーター・アーティスト) ~
    「子供の頃の、見ること、やること全てが不思議に感じられるようなワクワクした気持ち、そして何でもやってやろう・・・そんな素晴らしく楽しい気持ちを、ウォルトは生涯失うことがなかった。そして、彼はそれをたしかに私たちに伝えてくれたのだ。」

    リリアン・ディズニー(妻) ~
    「情熱的で楽観的な人でした・・・何にでも情熱をかたむけ、何かが悪い結果になるなんて、考えたこともないような。」

    シャロン・ディズニー(娘) ~
    「彼が今までの誰もしたことがないような仕事をしている偉大な人だなんて、子供のころは考えたこともなかったわ。
    毎朝働きに出て、毎晩きちんと家に帰ってくる、ごく普通のお父さんでした。」

    マーティー・スカラー(イマジニア) ~
    「この男は、ノスタルジアを愛することで過去に片足を置き、テクノロジーを愛することで未来に片足を踏み出す、そんな人だった。そして、アイディアとその実現を融合させるには、それが何よりも重要なことだった。」

    ウィンストン・ヒブラー(プロデューサー) ~
    「ウォルトはほんの少ししゃべるだけで、人々にもっといいものを作りたいという気にさせる、独創的な考えやアイディアを表現することができたんだ。」

    WDCC Genie

    周りの人の協力が得られるかどうかは、夢や目的(目標)を共有できているかどうかと、
    そして、人を惹きつける" 人間力 "が必要なのでしょう。

    人間力(=僕はそれを時に魔法と表現しています)

    ・・・悲しいかな、日常を振り返ってみても、僕には到底なさそうです。 (^。^;)

    だけど、それでも人は決して一人ではありません。

    それは・・・・絶対に間違いありません。

    Pinocchio music box 2

    ウォルトが生前、パークを訪れた際に過ごしていたアパートがパーク内の消防署の2階に今もそのまま残されており、そして・・・

    彼が滞在していた時に灯されていたというランプは、現在も明かりが灯されていることは有名な話。



    いろいろなところで愛され、そしてまだ生き続けているんですよね・・・彼は (*゚▽゚*)



    P.S. 追悼 (T_T)

    ウォルト・ディズニーの娘(長女)で、ウォルト・ディズニー・ファミリー・ミュージアムの館長を務めていたダイアン・ディズニー・ミラーが2013年11月19日にこの世を去りました。享年79歳でした。

    ウォルト・ディズニー・カンパニーのCEOであるロバート・アイガーは、

    「ダイアンの存在は、ウォルト・ディズニーにディズニーランドを生み出すためのインスピレーションを与えました。彼女は、ウォルト・ディズニー・カンパニーの歴史においても、世界中にいるファンにとっても特別な存在です。彼女を知る人は皆、彼女との別れを惜しんでいます。彼女の遺徳を偲び、バーバンクのディズニー・スタジオと我々のテーマパークに半旗を掲揚します。」

    との追悼コメントを発表しています。

    不幸な事故が原因だったようです。
    昨年の日本におけるTV番組にも何度か出演され、お元気な様子を拝見していたのですが・・・

    彼女がいなかったら、もしかしたら、ディズニーランドは無かったのかもしれません。
    心より、ご冥福をお祈りいたします。



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    Comment

    hikaru says... ""
    こんにちは☆

    ダイアン・ディズニー・ミラーさん、
    お亡くなりになっていたんですね。
    ミッキーのお誕生日の次の日に亡くなられたというのも
    感慨深いものがありますね。

    ディズニーは、
    今の私にとって、なくてはならない特別な存在なので、
    ウォルトやダイアンさんに感謝の気持ちでいっぱいです☆
    2014.01.12 16:08 | URL | #yd3ovDBc [edit]
    K.Mickey says... "Re: タイトルなし"
    > hikaruさん

    こんばんは☆
    返信遅くなりました~
    パソコンが、またまた超不調で・・・
    未だにまともに動きません~

    ダイアン・ディズニー・ミラーさん、本当に残念です。
    また一人、ウォルトゆかりの人が逝ってしまいました(泣)
    そして、確かにミッキーのお誕生日の次の日ということが、
    因縁を感じます。

    > 今の私にとって、なくてはならない特別な存在なので、
    > ウォルトやダイアンさんに感謝の気持ちでいっぱいです☆

    僕も同じです。
    とてもたくさんのモノをもらってる・・・

    天国で親子再会して、幸せになってくれていると良いですね。
    2014.01.14 21:50 | URL | #- [edit]

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